過去の事かもしれない、これから起こる事かもしれない。 月と太陽が順番にまわりつづける。そんな世界の話。

そこはアタシの住処、魔法使いの一族の家。
そこにはまだ魔法を使えない小さなアタシ、机の上に置かれた大きな水晶の中には美しい顔の生首が浮かんでいる。

生首はアタシのお母さんのお母さんの、そのまたお母さんのお母さんのお姉さんで、生首なモンだから子供も生めず、正しくはないけど、アタシは親しみと尊敬を込めて「ひいひいバァちゃん」と呼んでいた。

バァちゃん「その疲れたバァさんみたいな呼び方は止めておくれ」

ひいひいバァちゃんは一族の中でも一番の魔法使いだ。
そんなバァちゃんの夢は、人間たちの街に行ってみること。

アタシ「ねぇねぇ、どうしたらアタシもバァちゃんみたいにスゴイ魔法が使えるようになるの?」

バァちゃん「魔法を使える様になる為には、一番初めに取引をしなくてはね」

アタシ「トリヒキ?」

バァちゃん「魔法を使えるようになる代わりに、何か自分の持ち物を生贄に捧げなくてはいけないんだよ」

アタシ「イケニエ?」

バァちゃん「それが契約さ」

アタシ「ケイヤク?」

バァちゃん「アンタは何も漢字が読めないねぇ…。言うなら交換だね、捧げた生贄が大きければ大きいほど、大きな魔力を得ることができるのさ。例えば私なら首から下を全部とかね」

アタシ「ひひバァちゃんは、だから歳を取らないくらいにスゴイ魔力を持ってるんだね」

バァちゃん「その猿みたいな呼び方も止めておくれ。そうだね、視力や聴力、五感なんてのはわりと定番だけど、アンタはどうするつもりだい?」

アタシ「んー」

アタシは考えたの、うんうん唸って考えて、そして思いついたわ。

アタシ「アタシはね…」


人生はチョロイ。
アタシは手に入れた魔力と持って生まれた美貌で、何もかもが思うがまま。
フランケンもオオカミ男も、強い男は皆アタシの言いなりよ。

今日も二人を従えて、アタシの力を見せ付けるの。

アタシ「ナマハゲなのにつぶらな瞳なんて、かっこわるーい」

フランケン「このチキンやろう!」

オオカミ男「毛深いんだよ!」

ナマハゲ「キミほどじゃないよ!?」

今日も弱者を踏みにじるわ。
ひひバァちゃん、アタシの人生勝ったも同然です。


完璧なアタシ。
アタシの完璧な人生にあと必要な物は完璧なダンナ様。
アタシはドラキュラのハクシャク様に夢中。

フランケンにもオオカミ男にも求婚されたけど、もちろん断ったの。

アタシ「だって、アンタたちと結婚して、アタシに何の得があるの?」

フランケンとオオカミ男「!?」

フランケン「損とか得とか、結婚ってそんな物じゃないだろう」

アタシ「魔物番付でもハクシャク様はダントツの上位よ、アンタたちなんてランキングに乗りもしないじゃない、税金払いなさいよ!」

フランケンとオオカミ男「!!?」

そうアタシは完璧で、人生はチョロイのよ。


でもでも、うまくいかない事が一つ…。

アタシ「ハクシャク様っ、好きです!」

ハクシャク様「興味がありません」

アタシ「結婚してくださいっ!」

ハクシャク様「無理です」

アタシ「ハクシャク様はアタシのことを好きになーる、好きになーる」

ハクシャク様「なりません」

アタシ「さっさと観念しなさいよ!!」

ハクシャク様「怖いっ、怖いからっ!?」

……人生はチョロくて、アタシは完璧なはずだった。


「アタシの魔力が足りないのかな…?」そう思うと、ひひバァちゃんの言ってたことを思い出す。

バァちゃん「生贄はよく考えて決めなよ、二度と返ってこないからね。例えば、私が体と引き換えに手に入れた魔力で体を取り戻そうとしたら、それはルール違反なんだよ」

ルール違反?

バァちゃん「そう、ルールを破った魔女はこの世にはいられない」

この世にいられない?何処に行くの?

バァさん「何処にも行けやしない、ただ消えて、無くなってしまうのさ」

大丈夫。
アタシは一生懸命考えて、人には大きな大きな物だけど、アタシには決して必要の無い物を選んだんだから。

それに、消えて無くなってしまった魔女をひひバァちゃんだって見たことないんでしょう?


アタシの願望が一つだけ叶わないまま、月日が過ぎた。

フランケンは宇宙飛行士になって宇宙へ行ってしまい、今や時の人だ。
オオカミ男は相変わらずで、アタシも相変わらずで、アタシの完璧なはずの人生は歪み始めていた。

アタシのイライラは募っていた。

オオカミ男「フルーツ」

アタシ「うるさいなぁ、何でアンタはいつまでもアタシの近くにいるわけ?アンタとアタシじゃ格が違うハズなのに」

オオカミ男「……」

アタシ「もうすぐハクシャク様の誕生日なの、何かプレゼントしなくちゃ……そうだ、アンタちょっと街に下りて人間の生き血を採ってきてよ。ハクシャク様が喜ぶような極上のヤツをお願いね」

オオカミ男「分かった」

弱っちい人間の一人や二人捕まえるのなんて、オオカミ男にかかれば簡単なこと。
……なのに、街に下りたオオカミ男はハクシャク様の誕生日までに戻っては来なかった。


ハクシャク様の誕生日。
オオカミ男が戻って来ないせいで、アタシはろくなプレゼントも用意できなかった。

あの野郎、戻って来たらタダじゃおかない。

アタシ「ハクシャク様、ごめんなさい。今日はせっかくのお誕生日なのに…」

アイツは帰ってきたら殺してやろう、二度と顔を見たくない。

アタシ「本当はね、ハクシャク様が御喜びになるようにって、人間の新鮮な血を採りに街に使いを出したんです」

ハクシャク「街に?それはマズイな…」

アタシ「え?」

ハクシャク「街はとっても危険なんだ、人間たちは僕たちを恐れているというよりは日常の刺激の一つとして楽しんでるフシがあるからね」

ハクシャク様が冗談を言うなんて珍しかった。

マジョ「だって、オオカミ男は人間なんかよりずっと強いんですよ」

ハクシャク「じゃあ、その人間よりずっと優れた能力を持つ僕たちが、住処を追いやられているのはどうしてだい?」

ドキリとした。

ハクシャク「彼らに見つかってしまえば、生きて帰ってくるのは難しいよ」


どうしよう、どうしよう、どうしよう。
アタシのワガママのせいで、オオカミ男は死んでしまったかもしれない。

バァちゃん、バァちゃん、バァちゃん。
アタシを助けてくれるのは、ひいひいバァちゃんしかいない。
バァちゃんなら何とかしてくれる。

アタシは必死で走った、今まで一度だって出したことのない本気を出して走った。

魔法を使えばもっとずっと早く家に帰れたけど、そんなことが思いつかないくらいにアタシは必死だった。


「バァちゃん!」
アタシはバァちゃんのいる部屋に駆け込んだ。

駆け込んだ瞬間に、部屋の雰囲気が違うことに気がつかされた。
目に飛び込んできたのは、目に痛いくらいの赤い色。
部屋の壁の方々が赤く乱雑に塗りたくられて、塗り直したというよりは性質の悪いイタズラにでもあったような有様だった。

バァちゃんの首の入っていた水晶は割れて、そこにバァちゃんはいなかった。

……。

割れた水晶と、そこから赤いペンキ…血?
ベッタリと床に張り付いた数歩の赤い足跡。

アタシは思い当たった、バァちゃんはきっと失った体を取り戻して人間の街に行こうとしたんだ。
何で?
理由は分からない、でも契約違反をして取り戻したバァちゃんの体は二、三歩歩いた辺りで弾け飛んだ。

部屋にはバァちゃんの体どころか、頭の欠片も見当たらなかった。

「ルールを破った魔女はこの世にはいられない、消えて、無くなってしまうのさ」

本当だったんだ…。

どうしよう、大好きなバァちゃんが消えてしまった、オオカミ男も助けられない。
助けられないどころか、もう生きていないかもしれないんだ。

アタシは一つの感情に支配されかかっていた。
駄目だ、それはアタシが魔法を使えるようになるために契約で手放した物なのに。
アタシの頬を涙が零れた。

「視力や聴力、五感なんてのはわりと定番だけど、アンタはどうするつもりだい?」

アタシは五つもある感覚の一つを手放して手に入る力より、四つしかない感情の一つを手放して手に入れる力はより強力に違いないと考えた。
だったらアタシは『悲しみ』を手放したい、アタシの人生に『悲しみ』なんていらない。

だからアタシ笑って浮かれて、時には怒って生きてきた。
悲しくなってはいけない、悲しくなったらアタシは消えてしまう。
考えるとますます涙が止まらなかった。

パンッ!

頭の中で何かが弾ける音がして、アタシの頭から血が流れて地面に落ちた。

もう駄目だ、アタシは消えてしまう。
目の前に持ってきた手の平の先の床が透けて見えた。
アタシはオオカミ男に無理を言ったことを後悔しながら、透けていく体を見ていた。

10

オオカミ男「どうしたの?」

突然大きな声がして振り向くと、入り口にオオカミ男が立っていた。

アタシ「えーっ…」

唖然としてるアタシにオオカミ男は心配そうに近づいてきた。
アンタ、ボロボロじゃない…。

オオカミ男「ゴメン、とても人間を捕まえることなんてできなくて」

マジョ「それは…もう、いい」

オオカミ男の手には、多分人間の街で摘んできた見たこともない花がいくつか握られていて、でもそんな貧相なプレゼントを渡しかねるようにしていた。

涙は止まって、アタシの消滅も止まっていた。

アタシ「アホっ!」

オオカミ男「ええっ!?」

アタシ「アホアホアホアホアホアホっ!!」

オオカミ男「師匠?」

アタシ「何の師匠よっ!」

オオカミ男は困ったような顔をしてアタシの顔の血を拭った。
血は気が利かずにグイーって伸びただけのはずだ。

アタシ「アンタなんかね、アンタなんかこんなに心配かけるくらいなら、いっそずっと傍にいればいいのよ!そしたらアタシを絶対悲しませたらいけないのよ、悲しませたらアタシ消えて無くなっちゃうんだからねっ!!」

オオカミ男「うん」

即答だった。

11

月日が経って、やっぱりアタシはオオカミ男と一緒にいた。

ハクシャク様は結局誰が言い寄っても振り向く気配がまるでないから、アタシのプライドは何だか満足してしまった。

オオカミ男もコイツはコイツで、こんな馬鹿なかなか他所では手に入らないぞと、一点ものだぞと、そう思う。

最近気づいたのだけど、アタシの体重は少しづつ減っていて、痩せたのかとも思ったけど細くなった気配もないから、どうやらアタシの消滅は止まっていないのだ。

いつか止まるのかな?
それとも、このままゆっくり消えてゆくのかな?

オオカミ男の手を握ってみた。
言わないけど、きっとコイツはアタシの手の質感が以前より頼り無いのに気付いてる気がする。

アタシ「好きだよ」

ここから遠くに見渡すアタシたちを受け入れない大きな人間の住処は、朝焼けに照らされて不自然な紅色に揺らめいている。
それはこの先、広がって広がって全てを不自然な紅色に染めていくんだ。

オオカミ男「幸せだね」

うん、幸せだね。
今ここにこうしていられることは、こんなにも幸せだね。

アタシは頼りなくなっていく手の感触を補うように、強く彼の手を握りしめた。

これは
過去の事かもしれない、これから起こる事かもしれない。 月と太陽が順番にまわりつづける。そんな世界のちょっと変わった話。